【『信濃毎日新聞』社説】「まなざしの転換 脱原発へ確かな一歩を」「日本でも各地でかつてない規模の抗議デモが起き、市民の声は高まりを見せている。定期検査中の原発を止める選択肢を含め、確実に廃炉への道筋をつける―。偽りのない「脱原発元年」は、有権者がつくるしかない」
信濃毎日新聞 社説
http://www.shinmai.co.jp/news/20120103/KT120102ETI090004000.html
まなざしの転換 脱原発へ確かな一歩を
01月03日(火)
海岸沿いに並ぶ4棟の無残な建屋。ぼろぼろになった福島第1原発の姿を見るたびに、原発災害のすさまじさを実感する。
同時に、核燃料のメルトダウンという人類史上まれにみる事故は、日本の政治の衰退とどこかでつながっているのではないか、そんな疑問を拭い切れないでいる。
年の暮れ、消費税率の引き上げをめぐって民主党は大揺れとなった。集団離党騒ぎまで起こし、増税案を決める始末である。
「脱原発」はどうしたのか。論議が盛り上がらないのが不思議でならない。それどころか、野田佳彦政権は原発の輸出を進めてきた。福島の事故を受け、直ちに脱原発へとかじを切ったドイツとは対照的だ。
なぜ先端技術を誇る日本で事故が起きたのか。ドイツとの違いはなにか。いまなにをなすべきか。
年が明け、なお向き合わなければならない大切な問いである。
<独市民の大規模デモ>
福島の事故から間もない昨年3月26日。ドイツの各都市で原発の廃炉を求める大規模なデモが起きた。主催者によると25万人が参加し、東日本大震災の被災者に黙とうをささげた。
その勢いは、バーデン・ビュルテンベルク州の州議会選挙に端的に表れた。反原発を掲げた野党の90年連合・緑の党が躍進し、キリスト教民主同盟などの与党は大敗を喫した。
メルケル首相の対応は早かった。先送りの姿勢をあらため、早期の脱原発へと転換を表明。2022年末までに国内の原発17基すべてを閉鎖する法案を、7月初めに成立させている。
「市民運動の積み重ねに加え、チェルノブイリと福島の大事故が世論を押し上げた」。昨年11月に来日したブレーメン大学のゲルト・ヴィンター教授は、こう話す。ドイツのエネルギー政策に詳しく、活動家でもある。
同教授によると、市民運動から生まれた緑の党が80年代に議会に進出し、核エネルギーからの脱却を掲げ活動を続けてきた。チェルノブイリ後に社会民主党も脱原発へと転換し、保守・中道政党との対立の構図ができあがった。
こうした流れのなかで、社会民主党と緑の党の連立政権は02年、期限を区切って原発を全廃する脱原発法の成立にこぎつけた。電力業界との粘り強い交渉を重ねた末に日の目を見た法律である。
中道・保守連立のメルケル政権は旧政権の方針は受け入れたものの、産業界に配慮し移行期間を引き伸ばしていた。福島の事故をきっかけに原発批判が強まり、メルケル政権を動かしたという。
ヴィンター教授と親しい楜沢能生早大教授は「ドイツでは、日本と比べて個人が企業に取り込まれていない。そうした背景にも目を向ける必要がある」と指摘する。
<声をあげることから>
単純な比較はできないにしても、ドイツの脱原発に至る道から学ぶべきことは多い。
一つは、市民が声をあげ、行動することの大切さである。日ごろの異議申し立てや提言は、政府や企業の原発の管理体制に緊張感を与える効果も大きい。
日本の反対運動は、広がりを持たなかった。「安全神話」を疑うことなく、国と電力会社に「お任せ」にしてきたことが、両者にもたれ合いの構造をもらしたと言えるだろう。
市民の声は、政治家や官僚をコントロールする手綱である。それが緩めば、彼らは自らの利権を求めたり、責任を果たさなくなったりして、結局は市民が痛い目を被る―。3・11原発災害の苦い教訓である。
この教訓を、今後の政治にどう生かしていくか。有権者の今年の最大の課題ととらえたい。
二つ目は、期限を区切った明確な脱原発へと踏み出すことだ。
菅直人前首相の脱原発宣言は多くの共感を得たが、「段階的に原発依存度を下げる」と述べるにとどまり、工程は示していない。
野田首相に至っては、かなり後退したように見える。所信表明演説で定期検査後の再稼働に前向きの姿勢を示し、原子力安全首脳会合では「安全性を世界最高水準に高める」と表明している。
<期限を区切り停止に>
福島県の避難住民は、いまだに帰郷のめどすら立っていない。健康への影響も分かっていない。
ひとたび大事故が起きれば、予測不能の被害をもたらす。経済的利益と比較して考えることができないリスクをはらんでいる。それが原発の本質である。
福島の現状を踏まえれば、脱原発を急ぐことこそ、野田首相が「不退転の決意」で臨むべき課題ではないか。
日本でも各地でかつてない規模の抗議デモが起き、市民の声は高まりを見せている。定期検査中の原発を止める選択肢を含め、確実に廃炉への道筋をつける―。偽りのない「脱原発元年」は、有権者がつくるしかない。